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奏手候の概要

文明開化の風も過ぎ

楽 愛で集うは奏手衆

南蛮楽器に身を任せ

我等、今宵も奏でて候



開国から年月は流れ、街は南蛮文化と和文化で調和されていた。


貪欲に技術面を研究した結果、ガスや蒸気機関が飛躍的に発達し、

生活動力の主力とは言えないものの、既に様々な電気器具が存在していた。


電気器具は贅沢なものではあったが、未知なる物はこの好奇心旺盛な民族にとって、

流行の最先端の象徴でもあった。


目まぐるしく変化する最先端の日常生活の中で、音楽もまた飛躍的に進化を遂げていた。


南蛮貿易により次々に輸入された南蛮楽器は、ハイカラ好きな若者を中心に爆発的な人気を得、

その独特の音律と共に音楽の発展に努めた。


街には南蛮楽器を専門に扱う店が軒を連ね、大音量で音楽を演奏する為の「騒音小屋」も

歌舞伎小屋や芝居小屋と共に夜の繁華街を華やかに彩っていた。



大規模合戦などは既に遠い過去の話。


次々に入ってくる『舶来物』の人気とは別に、人々は「日本の心と誇り」を忘れてはおらず、

日本文化と南蛮文化とを巧みに両立させ、 この良きハイカラな時代を謳歌していた。





静越地方の外れの山間に、石目神社という、小さいながらも立派な神社がありました。

ある日この神社に、小さな女の子がお供え物の果物を一つ小さな手に持ち、
お参りにやって来ました。

少女はいつもにこにこと微笑んでおりましたが、ただ一つ、
人前で感情を言葉にする事が出来ませんでした。

しかし、唯一一人でいる時にだけは、感情を歌として、
小さく小さく口ずさむ事が出来ました。


「神様、私も皆みたいに普通にお喋りが出来る様になりたいです…。」


そう一生懸命にお参りをした少女は、誰も居ない境内に座り、
いつもの様に小さな声で歌を口ずさんでおりました。

心地よい風が吹く初夏の昼下がりはすっかり少女に時を忘れさせ、
少女は次々に沸き出てくる感情を夢中になって口ずさみ続けていました。

そうして幾程の時が過ぎたでしょう。

ふと視線を感じて少女が振り返ると、後ろで一人の男がじっとその歌を聴いていました。

男は女物のような着物に黒い狐の面を被り、手には少女がお供えした果物を持っているではありませんか。

余りの事に、少女はその場で怯える事しか出来ませんでしたが、そんな事は気にも留めぬ様子で、
狐面の男は少女に歌を続ける様に言いました。

少女はどうして良いか分からず、恐る恐る、再び小さく歌を口ずさみ続けました。

狐面の男も静かにその歌に聞き入っておりました。


その日から少女はこの神社に来ては、唯一歌を聞かせられる様になった狐面の男に歌を歌い、
男は静越に古くから伝わる昔話を少女に聞かせました。



それから十数年の月日が流れ、貿易港の開港により静越地方の最大の繁華街、
亜寡町にも様々な南蛮楽器が輸入され、
専門販売店や「騒音小屋」と呼ばれる演奏披露会場が沢山できました。

そんな中、旅人の安全を守る石目神社の一角の小さな倉庫に、
夕方になると決まった男達が集う様になっておりました。


琵琶でもなく、三味線でもない電気の力で音を出す六弦と言う楽器。


和太鼓とは全く違う沢山の小さな太鼓や鳴り物が寄せ集まった楽器。


風琴、洋琴に似て非なる電気の力で音を出す全く新しい鍵盤楽器。


そしてその鍵盤楽器よりも更に小さくなった奇妙な楽器。


そんな摩訶不思議な楽器を持った男達は、各々の音を鳴らし始め、
次第に音は小屋内で共鳴し出すのでした。

そんな男達の後ろで、静かに腰掛け静越の昔話を読む女が一人。

女はふいに立ち上がり、大きく澄んだ声で、その昔話を旋律に乗せ、
感情豊かに歌い始めるのでありました。



文明開化の風も過ぎ

楽 愛で集うは奏手衆

南蛮楽器に身を任せ

我等、今宵も奏でて候

亜寡町 (あかまち)

【地名】・・・桜小路暮色、亜寡町炎上、我妻の花道

静越地方、最大の繁華街。
古くから遊郭や料亭で賑わい、現在では騒音小屋や歌舞伎小屋を中心に、
服屋、楽器屋等の商店も軒を連ねる娯楽街となっている。
非常に大規模な町の為、区画や通りごとに整理されており、
郊外は町で働く人間の居住区となっている。
一度は焼き討ちで町の半分が焼失したが、数年で見事に復興している。

安芸 (あき)

【人名】・・・女鬼武者

領主浅葱に仕えていた女武者。
色白で美しい風貌とは裏腹に非常に勇猛で武芸に秀でていた。
家臣でありながら浅葱の人柄に惚れ、密かに想いを寄せていたが、
敵陣への夜襲攻撃の際、敵に包囲されるも気迫で追い返し失踪した。
その後「女鬼武者伝説」として人々に語り継がれた。

我妻 (あづま)

【地名】・・・我妻の花道

亜寡町の南区域にある繁華街。
昔は桜小路と並ぶ程の花町ではあったが、現在は茶屋を中心とした
舞妓芸妓の町として年配の富裕層を中心に栄えている。
有名な料理人が腕を揮う料亭が多いのも特徴である。

石目神社 (いしめじんじゃ)

【地名】・・・設定

静越地方の北西にある石目峠に面して造られた
峠を通る旅人や周辺の村人の安全と供養を司る稲荷神社。
奏手衆が夜な夜な集まり楽器の練習をするのもこの神社である。
山中にあり、景色も良い事からも付近の村から行楽に訪れる人も多い

石目峠 (いしめとうげ)

【地名】・・・食人鬼

静越地方の北西にある峠。
古来より夜になると旅人を食らう鬼が出ると言うことで、夜には近づくべからずと
伝えられてきた。
鬼の娘の筈砂と旅人の事件以来、鬼の姿は無くなったとされる。
石目と言う名前は退治され巨石と化した筈砂の父鬼の亡骸からつけられた。

異人街 (いじんがい)

【地名】・・・碧眼姫

静越地方の郊外にある南蛮人や紅毛人の住む地域。
莫大な資産を持った商人が贅をほどこし、粋を集めた洋館邸宅が立ち並ぶ。
その街並みは異国に迷い込んだかのような錯覚にさえ陥る事がある。
街の入り口は厳重な警備がされており、下層の者は近づく事さえ許されない。

嘶鬼山 (いななきやま)

【地名】・・・万丈嘶鬼山

静越の東北に位置する山脈にある霊峰の一つ。
山頂で常に強い風が吹いている事から鬼が嘶くと名づけられたと言われている。
古くは村の守護祈願として若者を生贄として火に捧げるという風習があった。
現在も生贄こそ廃止になったが、「嘶鬼祭り」として受け継がれている。

桜小路 (おうこうじ)

【地名】・・・桜小路暮色

亜寡町の中心部にある桜並木の美しい通り。
周囲は古くから遊郭で賑わっており、その様子は現在も変わらない。
色彩豊かで妖艶な町並みは浮世離れしており、若者から年配まで
年齢を問わず常に様々な男女模様が繰り広げられている。

お涼 (おりょう)

【人名】・・・お涼の酉籠

芹澤村に住んでいた貞節を持った健気な女性。
夫である平次の度々の浮気と裏切りにあっても献身的に尽くしていた。
子を身篭っていたがある日、平次に女郎小屋の二階から突き落とされ、
それが原因で流産し、絶望の日々を送る。
親から離縁された平次に逆恨みされ、鳥と共に斧で首を斬り落とされる。

香代 (かよ)

【人名】・・・菩廼寺の紅雪

葛篭村に住む女性。
夫である弥吉と共に幸せに暮らしていたが、弥吉の病死により孤独になる。
弥吉の生前は春になると紅雪を見るために二人で菩廼寺に訪れていたが、
弥吉亡き後も当時の想いを抱き、一人で菩廼寺で紅雪を見ている。
「生きろ」の遺言を頑なに守る一方で、早く弥吉の許に逝きたいと願っている。

静越 (しずこし)

【地名】・・・設定

この地方の呼び名。
周囲は完全に海と山脈で囲まれており、大半が田畑と山林である。
海に面した港は南蛮交易の窓口として独特の文化が生まれており、
亜寡町を中心に様々な商業経済が成り立っている。
春夏秋冬はあるものの、比較的温暖な気候である。

蘇芳館 (すおうかん)

【建築物】・・・碧眼姫

異人街に佇む一際大きく赤い煉瓦作りの屋敷。
緋色の屋根との比較が素晴らしく二本の立派な煙突が特徴。
デーゲンハルトという独逸の貿易商の建てた住居であり、
夜な夜なレテーナと言う異人女性が踊る社交会が開かれていた。

芹澤村 (せりざわむら)

【地名】・・・お涼の酉籠

亜寡町から南に位置する小さな農村。
土壌が豊かで、様々な農作物が豊富に栽培できる。
そのお陰で農村であるが、比較的富裕層が多い。
村の外れにはお涼の怨念を鎮める為の碑と祠が建てられている。

禅兵衛(ぜんべえ)

【地名】・・・人斬り禅兵衛

亜寡町郊外にある貧民集落の長屋に住む釣りが趣味の男。
髭と髪はボサボサで自由気侭、天真爛漫な飄々とした生臭男。
しかし、子供には人気があり集落の皆からも好かれている。
その正体は各地で名を馳せる程の武芸の達人であり、
裏家業として悪人を斬る事を生業とした生粋の「人斬り」である。

宗右衛門 (そえもん)

【人名】・・・宗右衛門の鷹

静越地方、随一と呼ばれた若き天才鷹匠。
幼い頃から同じく鷹匠であった父親を見習い鷹と触れ合い共に成長してきた。
そのせいか、宗右衛門と鷹は完全に一心同体であったと伝えられている。
領主との鷹狩勝負の一件で、規則を破り鷹を殺さずに逃がした事が発覚し、
領主の怒りに触れ連行、そのまま手打ちにされた。

田鶴 (たづ)

【人名】・・・亜寡町炎上

貧困に喘ぎ、謀反を起こすべく発起した「天狗党」の女党首。
非常に聡明で人々からの人望も厚く、一気にその勢力を拡大させる事に成功した。
領主田沼からの残虐な制裁を受け、復讐の為に亜寡町を焼き討ちした張本人。

田沼 (たぬま)

【人名】・・・亜寡町炎上

代々静越を治めている田沼一族の末裔、田沼左衛門尉直実。
元々領主としての田沼一族は非常に思い遣りがあり、民衆に慕われていた。
しかし、直実は所謂痴れ者であり、領主の器ではなかった。
その為、金に物を言わせて欲望のままに贅を尽くし、政治には無関心であった。
静越の歴史上、最も悪評の高い領主と言われている。

葛篭村 (つづらむら)

【地名】・・・菩廼寺の紅雪

亜寡町の外れにある農村。
付近の山林から採れる木材で作った葛篭を売る事を副業とする農家が多く、
この名前がつけられた。
梅の名所として有名な菩廼寺がある。

照乃 (てるの)

【人名】・・・我妻の花道

十五歳で芸妓を夢見て単身我妻の置屋に修行に来た舞妓の卵。
厳しい一年間の仕込みを終えて、ようやく舞妓になる事が出来た。
どんな時でも笑える愛嬌のある外見とは裏腹に非常に辛抱強く、
芯もしっかりとしている。

天狗党 (てんぐとう)

【組織名】・・・亜寡町炎上

田鶴を中心に結成された反逆集団。
一時はその勢力は強大なものであったが貧しい農民や町人で構成されている為、
人数こそ多いもののその戦闘能力や武装は非常に貧弱であった。
領主田沼の元に召集された武士団に完膚なきまでに制裁を受け、壊滅した。

筈砂 (はずな)

【人名】・・・食人鬼

石目峠に出没する人喰い鬼の娘。
長身で非常に美しい容姿を持ち洞窟内で静かに暮らしていたが、
鬼として人を食う試練を乗り切れず、それが原因で父親を亡くす。
世間と自らの運命の溝の深さに絶望し、人前から山奥へと姿を消す。

平次 (へいじ)

【人名】・・・お涼の酉籠

芹澤村で裕福な家系で育った与太者。
献身的な女性であるお涼と結婚するが、夜な夜な桜小路の女郎小屋に通う。
抗議の為に来たお涼を階段から突き落として流産させた後、
逆恨みをして斧で首を斬り落とし殺害した。
その後、お涼の怨念により呪い殺される

紅雪 (べにゆき)

【植物名】・・・菩廼寺の紅雪

静越地方、葛篭村にだけ咲く梅の名前。
真っ白な花びらに特徴的な非常に細く紅い筋が入っている事から名前がついた。
その可憐な花は小さいが、一つの木に咲く花の数は非常に多い。
その為、風が吹けば桜のように花びらが舞い散る。

菩廼寺 (ぼだいじ)

【建築物】・・・菩廼寺の紅雪

葛篭村の中にある尼寺。
寺自体は小規模ではあるが、長い参道がある。
この参道に植えられている梅の花が一斉に花咲く季節になると、
この一帯は行楽者や露店で大変な賑わいを見せる。
静越の領主が代々梅見に訪れていた事でも有名である。

レナーテ (れなーて)

【人名】・・・碧眼姫

異人街の蘇芳館で夜な夜な踊りを披露していた紅毛人女性。
透き通るような白い肌に真紅の髪、海のような青い瞳を持っていたと言う。
肌を露にした衣装を身に纏って繰り出す妖艶な踊りは見るもの全てを魅了した。
素性は一切わかっておらず、高級娼婦であった可能性が高いと言われている。
ある日突然、蘇芳館から姿を消し、社交会も行われる事は無くなった。

弥吉 (やきち)

【人名】・・・菩提寺の紅雪

葛篭村で農業と葛篭作りに励む心優しい青年。
妻である香代と共に仲睦まじく暮らしていたが、流行り病にかかり病死した。
亡骸は香代の願いにより菩廼寺の梅の下に埋葬された。