我妻の花道 概要
亜寡町の中心部からやや南に離れた所に
我妻という地域がある。
元々は
桜小路と同様、女郎小屋が立ち並ぶ遊郭であったが、
桜小路の花町が栄えるにつれ、我妻は徐々にその形を変えていった。
妖艶な女達と飢えた男達の欲望と見返りが渦巻く桜小路とは逆に、
我妻は舞妓や芸妓が活躍する置屋とお茶屋を中心に発展し、
今では日々、若い娘が唄や踊り、三味線などの興を添える為、
厳しい稽古を積み重ねていた。
十五歳で田舎から出てきた
照乃(てるの)の仕込みもいよいよ最終段階。
置屋で芸妓である姉さんと共に過ごしながらはや一年。
舞妓になる為の舞や行儀作法、着付けなどの厳しい修業の毎日を過ごしていた。
しかし憧れの芸妓になる為には、舞妓になってから更に五年もの歳月を、
より一層厳しい舞や囃子、接待の修行に費やさねばならない。
近い所にいるのに途方も無く遠い存在の姉さん達。
厳しいとはわかっていても、現実は予想を超えた厳しさである。
一年頑張ってようやく掴みかけた紅い襟を白い襟に変える事など
果たして自分に出来るのだろうか・・・
何があっても泣かないと心に誓ったはずなのに、
稽古の帰り道、ふと空を見上げた月明かりは冷たい光を放っていた。
ゆく道も照らす事がない程の冷えた光に、思わず考えたくない事を考えて
一筋の涙が照乃の頬を伝ってしまった。
決して挫けない。
何時かきっと・・・
照乃は先ほど貰ったばかりの花簪を小さな手で握り締めて、
精一杯の笑顔を美しく輝く月に送ったのだった。
「亜寡町風俗往来・我妻の照乃より」