亜寡町炎上 概要
人の怒りは狂気に変わり、それは時に想像を絶する程の破壊力となる。
今は賑やかな
亜寡町を業火が包み、町の半分以上を灰に変えてしまった、
静越地方の歴史の中で凄惨を極めた事件の話である。
時の権力者、
田沼(たぬま)は、領主としての政も行わず、
日々、酒池肉林の宴に興ずる有様だった。
周りの仕官もそれに甘んじ、民を顧みることはなかった。
町の治安は乱れ、賄賂が横行し、警護する者は買収され、
富裕層や悪人ばかりが、わが世を謳歌していた。
町は賑わい、金とコネさえあれば、どうにでもなる世の中、
人々は悦楽と安楽を求めた。
繁栄という名の虚妄・・・・・・・
色艶やかに着飾った洒落者が闊歩する華やかな繁華街の大通り、
一筋折れて、暗い路地に入れば、そこには貧困に喘ぐ人々の姿があった。
働けど働けど、暮らしは楽にならず、その努力に光があてられることはなかった。
いつでも脚光を浴びるのは悪事を働く罪人ばかり、それを咎める者とていない。
いつしか格差は極大化し、見えない大きな溝が、生まれていった。
「こんな腐った世の中、あって良いはずがあろうか。」
蔑まれ、押さえつけられていた民の怨念。
怒りの感情は遂に噴出し、領主田沼に対する反乱分子が集った。
聡明な女性である
田鶴(たづ)を頭に結成されたその集団は「
天狗党」と名乗った。
神出鬼没の彼らは、町のあちらこちらで略奪と焼き討ちを繰り返した。
天狗党の名は領内にとどろき、貧困層や被抑圧層を巻き込み徐々にその勢力を伸ばした。
さすがの田沼も、色をなし、大規模な兵を組み、暴虐な支配者の顔を見せ始める。
金にものをいわせて、腕に自慢のある猛者を傭兵として集め、天狗党の抑圧に乗り出した。
頭である田鶴はじめ、天狗党は貧困層の農民や町人である。
戦闘の訓練を受けている武士の集団を相手に、太刀打ち出来る筈は無い。
執拗に攻撃を繰り返す田沼の兵。
壊滅的な打撃を与えられ、やがて風前の灯となる天狗党。
「もはやこれまでか・・・しかし、このまま朽ちてなるものか。」
仲間を失い、追い詰められた田鶴の一味は、決意した、最後の蜂起を。
風の強い乾いた日、女郎屋や料亭で賑わう領内最大の花街、
亜寡町に火を放つという恐るべき計画。
「全てを灰にしてしまおう。何もかも・・・燃え尽きるがいい・・・」
田鶴の瞳は、怪しい焔を宿し、復讐の機会だけを伺っていた。
そして機は訪れた・・・
浮かれ、賑わう、夜の亜寡町に蠢く不穏な幾つもの影。
突如、町の至る所から火の手が上がった。
乾いた風により、その火はあっという間に燃え広がり、
賑やかな町を業火地獄へと変化させた。
空を紅く染め上げ、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が響く様子を
田鶴は丘から見下ろし、狂ったように笑い続けていた。
その笑い声は止む事が無く、何時までも続いていた。
「静越抄・天狗党より」